はなものがたり

2018年1月9日

花とは

花

みなさんが当たり前にお花をプレゼントする習慣を身につけていますが、なぜなのでしょうか。お花に感謝の気持ちを込めてプレゼントされます。それはなかなか言葉で伝えることが照れくさいと感じてしまうから必然的に誕生した習慣とも考えることができます。

習慣を知らない子供さんでも綺麗なお花を見れば、自分自身のものとして閉じこめてしまうことはせず、誰かにそのお花の美しさを教えたいと思います。つまりプレゼントのオリジナルはそのような精神が潜在しているかもしれません。

実際には6万年前の人類の遺跡の死者の遺骨のあたりから大量の花の花粉が検出されたと言われていますので、大昔から、死者に花を手向ける習慣があったことはわかっています。 そして現在でもお葬式のシーンにお花はなくてはならないものです。 あまりにも当たり前過ぎて、なぜお花なのか私達は考える機会も見失ってはいないでしょうか。

人類学者は、もともと遺体に添えられいるお花は薬効のあるものだと言います。遺体の腐敗を少しでも防ごうという気持ちからそのような習慣が始まったのだと推測しています。
関西の葬儀では樒(しきみ)という有毒の常緑樹を並べることがあり、動物を側に近づけないためにおこなわれていたと推測することができます。

確かに、そのようなことも、かなり説得力があります。 しかし、お花でなければならない理由は、そこに集約された生きる力強さのようなものを感じるからです。 お花は、枯れるものですが、植物は、更に咲き、長く生命を存続させることができるパワーがあり、人間よりも全然逞しい存在と思われていたのではないでしょうか。そして、お花を側に供えることで、死者にもう一度お花のように再生して欲しいという願いが込められていたのです。

私達は、お花に対してただ美しいという見方をしているのかもしれませんが、人間は、潜在的には、お花に、人間が実現しない夢を託して、愛する人たちの側で、夢を実現してくれるよう願ったのかもしれません。

お花とは、枯れるから美しいという人たちもいますが、お花は、人間よりも永遠のものとして捉えられていたという発想の転換は、心の中に留めておきたいものです。

お花というものには、いろいろ花言葉がありますが、花言葉以上のもの、人間の一番のテーマである永遠を教えてくれていたのです。

なぜ、人間は、お花を愛する人たちにプレゼントをするのかといえば、やはり、人間は、バラバラで孤独な存在だからです。人間はどんなに愛し合っても、相手の傷みすら知ることができません。愛する奥様が、ガンで苦しんでいたとして、どんなに旦那さんが奥様を愛していたとしても、その傷みは一欠片も旦那さんに及ぶことはありません。

ですから、お花をプレゼントすれば、お花によって二人はかろうじて繋がることができます。

お花を見て、美しいと思う気持ちは、人間のひとつになりたい悲痛な願いです。お花で、私達は託された永遠を夢みて生きて行きましょう。様々な魅力的なお花がみなさんの未来に明るい光を照らしてくれています。